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冨田 笑莉(Emiri Tomita)


学校名:青森明の星中学・高等学校 英語科 3年生

名 前:冨田 笑莉(Emiri Tomita)

留学プログラム:高校留学(中期)

留学国:フィジー共和国

留学期間:2019年1月~2019年3月 約3か月 



 まず私が、留学先を決める上でどのような過程でフィジーに決断したかのお話しをしたいと思います。私は説明会を受ける前、先進国への留学を考えていました。中でもアメリカ留学は誰でも憧れるように私もアメリカへ留学したい一人でした。そこで、色々な先輩方に各留学先はどのようであったのか、生活スタイルや、どのようなところが大変だったのか、逆にどんなところが良かったのか、など沢山のお話を伺いました。中でもフィジーに行った先輩方の話を聞いて、すごく日本とかけ離れている生活なんだな、と感じました。何となく留学先を考えていった時に、途上国なんて人生でもう行くことがないかもしれないから途上国の現状を知って、何かできることがあるかも知れないと思うようになり、私の一番行きたいアメリカ、発展途上国のフィジー の二択に絞られていました。そこでまた色々な先輩にお話を聞いて、フィジー は世界一幸せな国なんだよというお話しをしてくれたり、テレビでフィジーについて見たりしている内に、発展途上国のフィジーはどんなところなのか知りたくなり、フィジー留学することにしました。これが、私がフィジー留学決定に至るまでのお話しです。

 留学してみると、やはり、日本とかけ離れた生活スタイル、日本とかけ離れた文化、国民性で、慣れないながらも毎日必死に生活をしていました。今まで1週間以内の旅行や、プログラムでいろんな国に行ってきたのですが、「留学」は同じ海外でも楽なものではありませんでした。ですが、これはどこの国に行っても言える事で、オーストラリアに行ってもアメリカに行ってもニュージーランドに行っても、日本で生まれ育ち、身体に日本のしきたりや、文化や感覚が染みている私達が海外に行けば私達にとってはそこの国は異文化になるわけなので、当然異文化を受け入れるのが私の留学を決めた理由なので頑張って生活をしていました。私は自分の殻を破る事が出来るまで、少し時間が掛かったので、本当に外国に長く住み、異文化理解をするとはどれほど難しいことかを理解しました。ですが、異文化を理解し始めると、私にとって全て新しい新鮮なものに変わると同時に、自分が急速に成長し始めました。考え方も変わり、自分の生活も変わり、悩みにぶつかった時の対処法、自分を知るきっかけにもなりました!!


 そして何より、留学中に全力でフィジーにいる私をサポートしてくれた日本の留学会社の方や、現地スタッフによる手厚いサポートが、私が頑張って留学生活を送れる糧となりました。


 こんなに外国にいても日本からも現地からもサポートを受けることができ、私の留学生活を手助けし、応援してくれたからこその留学でした!本当に私の留学生活中に関わってくださった沢山の方々には感謝の気持ちでいっぱいです!そして、フィジー特有の人々の親切さフレンドリーさが断トツで高く、世界一幸せな国民が住むフィジーに住んでみたら、途上国でも不満なく幸せに過ごす姿に、先進国の日本に住んでる私が考えさせられるものがありました。私は今回の中期「留学」を通し、「留学」は苦労しに行くものだと考え、その苦労の先に日本では絶対にできない体験、自分に意見を持つ大切さ、自分を成長させるための最高のツールだと思いました。もちろん英語力も自分の行動次第で高くも低くもなるので頑張りました!!!私は今回の留学で自分を成長させる事ができ、留学させてくれた私の両親に心の底から感謝したいです!


 フィジーではイベントが盛んに行われ、学校の行事もほぼ毎週ありました。学校では、ラグビーのワールドカップの時期になると、突然外に大型のスクリーンを出し、授業中なのにも関わらず全校でラグビー観戦をしたり、海外に行くとアジア人コミュティーの絆がすごく強いことに気づくのですが、いつも多国籍な中国、韓国のお友達といろいろなお話をしながら、時には韓国語も独学で学んでいる私は、韓国人のお友達に韓国語勉強がてら韓国語での会話を進んでし、韓国語の勉強もしていました!また、私が滞在した期間に、ホリーという伝統的行事も体験する事ができ、カラーパウダーを色んな人につけて全身虹色になって家に帰ったり、学校のホリー行事で得意のダンスを現地の子と披露する事ができました!

披露できたことも嬉しかったのですが、私は練習しに、毎日集まり楽しくお話ししながらみんなで一つの作品を作り上げた過程がなによりも思い出です。

また、フィジー ではフィジアンとインディアンの二つの人種があるのですが、そのふた人種に挟まれながら毎日生活したことで、フィジアン、インディアンの特徴について知れたり、私の家庭がインディアンだったこともあり宗教的行事も知る事ができました。辛いことも多かったはずなのに楽しいことにはイベントが多く楽しむことができたので、頻繁にある色々な行事を現地の人々と楽しむことにより辛い思い出よりも、楽しい思い出の方が印象深いです!



 帰国後、フィジー について考えた時、本当の異文化理解とは?日本より貧しい国に住む途上国のフィジーで、なぜ人々は幸せに暮らすのか?という自分への課題の答えを見つける事ができました。それは今あるものに感謝し、その日に感謝し、その時時に会った人々の繋がりに感謝し、それ以上を求めない、最低限で生活する上で鍵となるような「感謝」という言葉を見出しました。なかなか恵まれた日本で生活してると、いつも最新の機械、便利な生活、信じられないほど綺麗な街で生活してると、自分の目が盲目だったのかと感じられるほど、日本の当たり前を当たり前と考え過ぎていました。フィジー に行って当たり前は当たり前じゃない事を知り、日本はどれほど恵まれて素敵な生活をしていたのか、もっともっと毎日いろいろな場面で「感謝」すべきところがあるなと感じました。フィジーの生活を通して色々学ばされる事が沢山あったなと感じるばかりでした。日本の全てにありがとう。私の両親へいつもありがとう。帰国後は本当に外国に住むとは?や、異文化を通して持った私の意見、考え、感謝の気持ちについて沢山の変化がもたらされました。  END

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